私が教えていただいた8つのほこり
仏教では、人間には百八の煩悩があると言われています。
それが悪い心だとすれば、それはどうしうて8つしかないのだろうか。
『をしい』
『ほしい』
『にくい』
『かわい』
『うらみ』
『はらだち』
『よく』
『こうまん』
私たちが目指す陽気な世界では、それらが妨げといなってくると言われています。
最近自分軸ってよく言うけれど、
それがちょっと勘違いしてそれると
それが 自己中心な身勝手な心遣いになってしまう。
これって、ちょっと気を付けておかないと、誰でも無意識のうちに使ってしまう心遣いなのです。些細だけど、それが時に凶器にもなる。
苦手なことがある
自分の大切な人だけを守りたい。
自分と周りさえ良ければいい。
自分の利益とそれを支える人の利益が守られたらいい。
これって果たしてどうなんでしょ?
それも勿論大事です。
だからといって、他を無下にしてもいいんでしょうか???
最近、私自身そう言う風潮をモロに感じてしまい、
腹を立ててしまいました。
自分さえ良ければいい。自分の地域さえ良ければいい。
この考えに頭がきたんです。
気がつくと愚痴が溢れていました。
これって、実は私自身もほこりがあると言うことです。
ほこりって積もり重なる
ホコリって、日々掃除すれば簡単に払えますが、油断をして放置すれば、どんどん積もり重なっていく。
しまいには、掃除するのもしんどく大変になってきたりしますよね。
誰でも、時々体調を崩したり、揉め事に巻き込まれたりしますが、それは心にほこりが溜まっているから早く掃除をするようにと、心の使い方を反省するきっかけを下さっているのだと教えられています。
最初に書いた、
『をしい』
『ほしい』
『にくい』
『かわい』
『うらみ』
『はらだち』
『よく』
『こうまん』
これって8種類しかないけれど、実は反省する手がかりとして教えられているのです。
例えば、
『はらだち』にしては、
程度に違いがあったり、別のほこりが混じっていたりして、状況は一様ではないのです。
それを分析したり数えたり、いちいち名前をつけたりしたところで、あまり意味がないように感じます。
問題は、その数や種類ではなく、常に自分の心のありようを反省し、心をきれいにするために、教えをほうきとして絶えずほこりを払う。
つまり 教えに沿って心の掃除をすることが何よりも肝心と言うことです❣️
誰が諭すでもなく、
誰に助言を受けるでもなく、
誰かに助言するでもなく、
自分自身で気付けること
それが大事❣️
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